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2018.12.10

北海道震災時、拠点を超えた連携を生んだのは日頃のオープンなコミュニケーションだった

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2018年9月6日、北海道胆振東部地震が発生しました。震度5を記録した札幌でも大規模な停電が発生し、生活が戻るまでには数日を要したそうです。そんな中、以前にお話をお伺いしたフュージョン株式会社様では東京支社メンバーのサポートもあり、業務における影響を最小限に留めることができたとお話くださいました。執行役員の木村様は当時を振り返り、社員同士の連携を生んだ背景にUniposによるオープンなコミュニケーションにあると語りました。

震災で札幌が停電し業務が完全ストップ

▲9月7日午前。札幌駅前は停電から復旧。有志のメンバーが出勤して業務対応にあたった

――9月に発生した震災に際し、お見舞い申し上げます。

木村:ありがとうございます。当時は北海道胆振東部地震の影響で電気がストップするなど大変でしたが、東京支社メンバーのサポートのおかげで何とか乗り越えることができました。私はその背景にUniposの効果があると思っています。

――ぜひそちらについてお話を聞かせてください。まずは震災当日の状況を教えていただけますか。

木村:札幌が揺れたのは深夜3時台のことでした。震度は5で、その後停電しブラックアウトが発生しました。会社としてまず行ったのは早朝に電話連絡網を使った全社員の安否確認です。そして札幌メンバー全員に出勤不要である旨を周知しました。

――電話は使えたのですね。

木村:はい。ただ、ほどなくして電話も繋がりにくい状況になりました。さらにチャットアプリ(Microsoft Teams)が使えなくなったりして、何を通信手段にすればいいのかわからない状態になってしまいました。電話で一度は無事が確認できたメンバーも音信不通になるなど、大変な状況はその後も続きました。組織的な連絡経路が機能しない中、日常的にUniposでインフォーマルなコミュニケーションラインが可視化されていたおかげで、各所で個々の連絡は機能していました。

――そうした状況はいつまで続いたのでしょう。

木村:札幌の場合、翌日までは、電力完全復旧のめどがまったく立たないままだったと思います。居住エリアによって、丸一日~二日停電状態でした。幸い、私自身は個人と会社のスマートフォンが充電できており、ノートPCもありましたので、初動に影響はありませんでしたが、最終的に充電切れで業務離脱の時間帯が発生しました。同様に充電切れで連絡が途絶えたメンバーも多数おりました。

東京支社メンバーが強力にサポート

▲当時の案件進捗をまとめたスプレッドシートのキャプチャ

――とはいえ業務どころではないですよね。

木村:はい。しかし、そうも言っていられなかったのです。弊社は東京のクライアントが多く(札幌本社でも東京のクライアント業務の多くを行っている)、地震や停電を理由に停止するわけにはいかず、あらゆる調整や状況説明の対応に迫られました。そして、緊急を要する案件に関しては、できるだけ早く業務を再開する必要がありました。

このとき積極的にサポートしてくれたのが、東京支社のメンバーです。東京の営業部長が舵を取り、札幌メンバーに代わって自発的にクライアントへの状況説明を行ったり、札幌メンバー同士での情報共有が難しいことを察知し、全ての緊急対応をスプレッドシートにまとめた上に専用チャットルームを作って状況を数時間ごとに共有するハブとなってくれました。東京メンバー各人が担当業務を超え、あらゆるナレッジと専門スキルを駆使して、一時的な業務代行を積極的に推進してくれました。このようなイレギュラーな出来事は会社としても初めてのことでしたね。

――すばらしいチームワークです。

木村:ありがとうございます。自社のことながら凄いポテンシャルだと感動しました。一方、札幌では震災が起きた木曜と翌金曜は全員が基本自宅待機でしたが、震災翌日、本社のある中心部から電力が復旧し、状況が落ち着いてきましたので、動ける部長・マネージャーを中心に少しずつ稼働し始めました。その結果、土日を挟んで状況が大幅に回復したことで、月曜からスムーズに通常業務を開始することができました。

イレギュラーな事態に対応できたのは拠点を超えた日頃のUniposのおかげ

――本当に良かったです。

木村:はい。東京メンバーのサポートおよび、不自由な環境下で自律的な判断と行動で責任を全うした札幌メンバーのおかげです。また、メールではなくチャットツールでの業務コミュニケーションが浸透していたことも大きな要因と思います。仕事が属人的にならず、業務情報がオープン化されていたので案件を突発的に引き継ぐことができたのです。またリアルタイムでUnipos他コミュニケーションツールでも投稿があり、それを見ることで正式な業務報告以外の状況をある程度把握することができました。

通常業務に復旧後、札幌メンバーと東京メンバーの間でUniposがものすごい勢いでやりとりされていました。「サポートしてくれてありがとう」といった震災関連の投稿でUniposが埋め尽くされ、熱量も非常に高いものでした。これぞUniposならではの「ペイフォワードの可視化」だと感じました。

▲復旧後、札幌メンバーと東京メンバーとのUnipos上でのやり取り(一部)

有事の時にこれだけのコラボレーションが生まれたのは、普段から拠点を超えたコミュニケーションをUnipos等のツールで行うことで、誰が何をしているのかを把握できていたからだと思います。また、会社の行動指針の浸透にもUniposは大きく寄与しており、今回のようなイレギュラーな事態でも全員が同じ方を向いて対応することができました。

震災直前に入社して、まだ社内ツールをスマホに入れていないほど日の浅いメンバーもいたのですが、今回UniposとYammer、Microsoft Teams等で各所の自律的な助け合いが可視化されており、「すごい会社に入ったと驚きました…自分は自宅待機で状況を把握できていなかったが、その間に行われていた多くのことを文字で具体的に知ることができ、感謝の気持ちでいっぱいになりました。」といたく感動したようです。

オープンなコミュニケーションを定着させるにはマインドとツールの両方が必要

――非常事態にこそ、普段のコミュニケーションが生きてくるというわけですね。

木村:そうですね。オープンなコミュニケーションのメリットを改めて痛感しました。もしメールなどクローズドなコミュニケーション文化で同じような事態が起きたとき、いきなりオープンに情報交換しようと言っても難しいでしょうし、数多くのボトルネック発生や致命的なスピード低下を招いたでしょう。やはり普段からオープンであることが重要だと思います。

――オープンなコミュニケーション文化を醸成するためには何が必要なのでしょうか。

木村:必要なのはマインドとツールの両方だと思います。弊社はもともと「オープンにしていこう」というマインドはあったものの、フィットしたツールがありませんでした。Uniposを導入したことでマインドの浸透とオープンなコミュニケーションが加速したのだと思います。

これからUniposを始めとするツールを導入されるのでしたら、同時にマインドも両輪で育てていく必要があると思いますよ。

「チームワーク×テクノロジー」が組織の生産性と文化を進化させていくのだと思います。

▲フュージョン様オフィス屋上から見たJR札幌駅